美江寺という名について
美江寺、登記上は”みえじ”を読みますが、昔は”みえでら”と呼ぶ人も多かったようです。
縁起にあるように、まるで大蛇のごとく荒れ狂う、河川の氾濫を鎮めるために、美江寺と名付けたと思われます。
「美」うつくしい 「江」川 というのは、長良川、揖斐川という川が氾濫を繰り返していた川に対して「おとなしくおだやかでいて欲しい」という願望なのか、
あるいは、古代中国で「美」は、「神聖で尊いもの」「命を支えるもの」という意味があるとされているように、川に対する崇拝の念だったのか。
小学校の時から、この地方を流れる、木曽川、長良川、揖斐川の氾濫に関する社会科の授業のことは、結構印象に残っています。
江戸時代、宝暦4年(1754年)から宝暦5年(1755年)にかけての「宝暦治水」では多くの犠牲者が出ました。
美江寺の境内にある五輪塔が、その時に亡くなった人々の慰霊のために建てられたとされています。
美濃地方はこの宝暦治水に見られるように、古代から数限りない水害に見舞われていたと考えられます。
奈良時代、天平期にはこの地方を大きな地震が襲ったという記録があります。
この地方では1891年10月28日に濃尾平野北部で発生したマグニチュード(M)8.0の「濃尾地震」が発生した5年後の7月と9月に
長良川の堤防が決壊し西濃地方は湖のようになりました。
美濃地方の水害の歴史を辿ると、この地方の人々の切実な願いが「美江」という何込められているように思われます。
美江寺という名は、お寺の名前としては珍しく、「美江」と寺をとってみると、女性の名前に使われています。
美江子さん、美江さん、あるいは逆にして江美という方もいらっしゃいます。
ひと月くらい前にも、わざわざ東京から美江子さんという方に来ていただいて御朱印とお守りを持っていかれました。
以前から、時々名前が同じ、という方がおいでになります。
これも何かのご縁ということです。
ご健康とご多幸をお祈りいたします。