御開帳は4月18日

本尊十一面観音の歴史 その弐

ご本尊十一面観音と夏見廃寺のこと


美江寺縁起によると「伊賀国名張郡伊賀寺に安置されていたものを、美濃本巣郡美江寺(現在の瑞穂市美江寺)の里に移したのである。」とされています。
伊賀寺というのは、伊賀にあるお寺ということで、今でいえば東京の大学、つまりは東京にある大学といった感じでだろうと思われます。
伊賀国というのは現在の三重県の伊賀市、名張市あたり、愛知県が尾張と三河、岐阜県が美濃と飛騨とに分かれていたように、三重県も伊賀国と伊勢国に分かれていました。
そして名張郡は奈良の都と伊勢神宮を結ぶルートの要衝でした。
名張市には、「夏見廃寺」という国史跡があり、天武天皇の皇女の大来皇女(おおくのひめみこ)ゆかりの「昌福寺」跡とされています。
名張市のHPはこちら


1937年に発見されて以来、夏見廃寺は幾度か発掘調査が行われ、それは夏見廃寺研究会によって「夏見廃寺の研究」という書籍にまとめられています。

書籍夏見廃寺の研究
そこには「美江寺縁起」についても触れられています。
ー 美江寺縁起の信憑性
・・・脱活乾漆像は高度な造像技術が必要であることから、その分布範囲は機内に集中しており、東国への分布は美江寺例だけである。
したがって、脱活乾漆像が、美濃にあること自体が不自然である。
・・・脱活乾漆像の分布状況からすると、後世になって美江寺に将来された可能性は高かろう。・・・
造像年や寺名はともかくとして、この観音像は「伊賀国名張郡」から招来されたという点に関しては、史実だった可能性が高いと考えられる。(夏見廃寺の研究より)


お寺の縁起は様々で、壮大な物語が展開され絵巻物としても有名な「信貴山縁起」など読み物としてものもあります。
美江寺の縁起はそれに比べるとかなり現実的なものに思われます。
本尊十一面観音は、その後斎藤道三によって、再び遷されることになりました。

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