御開帳は4月18日

戦前の美江寺祭り

戦前の美江寺祭りの写真

山車の上に猩々さんがいます。

戦前の美江寺祭りの山車と猩々
猩々は中国の伝説上の怪獣で赤い毛に覆われた人間に似た生き物です。
特にこれといった決まった形があるということではないと思われますが、
赤い毛に覆われた人間に似た生き物-というところは各地の猩々さんも同じようです。
無病息災、五穀豊穣の象徴として祀られていたと思われます。
美江寺の場合はお面をつけて、体は竹で骨格を作って藁で肉付けし、着物を着ています。
写真を見ると、案山子のような体形ですが、戦後の美江寺祭りの写真ではちゃんとひじが曲がってます。
扇子を持つ手も違ってます。

猩々さん戦後

美江寺祭りのクライマックスは、「猩々投げ」というものでした。
猩々さんをまるごと投げるわけではなく、まず手に持っている「柄杓(ひしゃく)」を投げます。
投げられた柄杓を奪う時に争奪がおきるので、別名「けんかまつり」とも言われていました。
柄杓に続いて、手をバラバラにして投げ、赤い髪の毛をちぎって投げます。
その後、「餅投げ」が始まるという段取りで、この餅投げを最後にお祭りが終了、というわけです。


戦前の美江寺観音本堂

お祭りの賑わいが見て取れる写真です。
戦前の本堂、のぼり旗、大きな石灯籠があります。
参拝者はほぼ和服で男性は帽子をかぶっている方が多く見受けられます。


戦前の美江寺祭りの様子

背後にうっすらと金華山が写っています。
塀の向こう側が庫裡で、その向こうの建物は右側が、県立病院、左が物産館だと思われます。
この写真にある建物は、この後岐阜空襲ですべて焼失することとなります。

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