11月, 2011年
古文書
現存する古文書の中に美江寺について記された箇所があるものを見つけました。
□新撰美濃志 天保14(1843)年 岡田文園がまとめた文書 岡田文園は、尾張名所会で知られる尾張藩士の学者でした。
□梅花無尽蔵 室町時代の禅僧であり歌人であった万里集九が還俗後に書いた漢詩文集の東国旅行記(全7巻 永生3年(1506)完成といわれる) 1471年に美濃に住んでいた。
□藤川記(藤河の記) 一条兼良 文明5年(1473年)応仁の乱の最中に、一条兼良が美濃国・川手城の斉藤妙椿のもとを訪れるため旅をした時の旅行記。「たのもしな仏は人にみえ寺の帳を垂れぬ誓ひ思へば」(頼もしいことだよ、仏が直に見える美江寺の帳も垂れない、誓願を思えば)
□濃陽志畧(別名 濃州志略) 宝暦6(1756)年10巻 尾張藩士松平秀雲が宝暦初年から美濃国内の尾張藩領を巡回して書上げた地誌。
斉藤妙椿は一条兼良や東常縁、宗祇、万里集九、専順らの文化人とも親交があった。一条兼良は応仁の乱の最中の文明5年(1473年)、妙椿に招かれ美濃に下り連歌百韻に参加している。
せん仏絵巻実写版プロジェクト!?
名張の夏見廃寺跡の発掘で、多くの「せん仏」が出土しました。
「せん仏」とは、簡単に言いますと、粘土を型押ししたレリーフ(浮き彫り)です。それに金箔をはり、復元したものが夏見廃寺展示館にある金堂の壁面です。
写真ではわかりづらいのですが、大きな阿弥陀如来の下の部分にある須弥壇せん仏は、燻香炉を守る供養者、楽器を奏でる楽人、獅子などが繊細に表現されています。
シルクロードから来たようなオリエンタルな雰囲気のきれいなレリーフでした。
そして、名張のみなさんは、このせん仏を再現するため、雅楽の練習をされ、香炉を一から作り香をたてる事を目指して活動中とのことでした。
古代絵巻の実写版ですね。
いつか、美江寺にも香と雅楽の演奏を奉納してくださるそうです。
隠(なばり)
名張の地名の語源には諸説あるようです。
隠(なばり)の説もその一つです。
「隠れる」という意味の古語「隠(なば)る」、「隠(なばり」となったとする説です。
訪れてみれば、なるほど、四方を山に囲まれたような地形です。
山里、隠れ里といった雰囲気が漂う所でした。
名張には、『伊賀・隠史(なばりし)サイエンス舎』という歴史を勉強するグループがあります。
『隠史』とは、隠された歴史を探求していくようで、ワクワクするネーミングですね。
また、『隠(なばり』は、万葉歌に「奥(おく)つも隠(なばり)の山を今日か越ゆらん」とあるように、万葉集の時代に使われていた古語だそうです。
伊賀の國地名研究会の米澤さんに教えていただきました。
また、いろいろおもしろいお話しを聞かせていただいきたいと思います。











